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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)289号 判決 1996年8月30日

イギリス、ロンドン ダブルシー二アール・三ビーピー、ビクトリア・エンバンクメント、テンプル・プレイス 二

原告

スミス アンド ネフユー ピーエルシー

右代表者

ジョン ホッブス

右訴訟代理人弁護士

岩坪哲

田辺保雄

南聡

冨田浩也

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

荒井寿光

右指定代理人

竹村彰

重山正秋

松本利夫

笛木秀一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成四年四月二三日付けで昭和五八年特許願第五〇一二五四号についてした出願無効処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五八年四月八日、発明の名称を「外科用接着性ドレツシング」とする発明について、特許協力条約に基づき、日本国を指定国として国際特許出願(PCT/GB八三/〇〇一〇四。以下「本件出願」といい、右出願にかかる発明を「本件発明」という。)をし、同年一二月五日、特許法一八四条の五第一項(昭和六〇年法律四一号による改正前のもの。以下において右改正前の特許法を「法」という。)に規定する書面及び法一八四条の四第一項に規定する翻訳文を提出した。

2  特許庁審査官は、本件出願につき出願公告決定をし、右決定の謄本を原告の出願代理人(以下「本件出願代理人」という。)に送達した後、平成二年一二月一九日、出願の公告をし、平成三年五月一七日、特許査定(以下「本件特許査定」という。)をした。

3  本件特許査定の謄本は、平成二年六月一二日、出願代理人に送達された。他方、本件発明とは別個であるが類似する内容の発明についての原告の特許出願(昭和五七年特許願第七五〇四八号。以下「別出願」という。)についての特許査定謄本も、同日同時に本件出願代理人に送達された。

ところが、法一〇八条一項に規定する期間内に法一〇七条に規定する特許料の納付がなかったことから、被告は、平成四年四月二三日付けで、法一八条一項の規定に基づき本件出願を無効にする旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、本件処分の謄本は、同年五月二〇日、本件出願代理人に送達されたが、その時点でも特許料は納付されていなかった。

4  原告は、平成四年七月一五日、本件処分を不服として、被告に対し、行政不服審査法による異議申立てをしたが、被告は、平成七年八月二日付けで右異議申立てを棄却する旨決定し、右決定正本は、同月四日、本件出願代理人に送達された。

5  なお被告は、本件出願に関し、法四条一項に基づく法一〇八条一項に規定する期間を延長する処分をしていない。

二  本件は、原告が本件処分が法一八条一項、一〇八条一項等の規定の解釈、適用を誤った違法があると主張して本件処分の取消を求める事案である。

三  争点(本件の適否)

本件の争点は、本件処分に原告の指摘する違法がなく、適法であるか否かの点にある。争点についての原告の主張は次のとおりである。

1  法一八条の規定は、特許料不納付の場合手続を排斥することができる裁量権を被告に与えた規定であり、その裁量権行使が合理的かつ公平な範囲を超えた場合無効処分は違法となる。

英国法人である原告が、本件出願につき特許料納付期間を徒過してしまったのは、本件出願に対する特許査定謄本と別出願に対する特許査定謄本が送達された後、別出願について特許料を納付する必要がない旨を指示した英文のファックスを原因不明のトラブルから二通受信した本件出願代理人の担当者が、別出願のみならず本件出願についても特許料を納付する必要がないとの指示があったものとの錯誤に陥ったため、本件出願についても特許料を納付しなかったという事情によるものであった。

原告は、本件処分の謄本の送達を受けた段階で、右のような手違いがあることを知った。

原告と本件出願代理人が母国語を異にして意思疎通が困難であるところにファックス送信機の不具合という全く偶発的な事情が重なった場合であるし、このような事情を疎明して特許料納付の機会を求める原告に対し、被告がその機会を与えても、何ら第三者を害することはなく、手続の遅延等の支障を生ずることも考えられない。

被告はこのような事情を考慮することなく突如本件無効処分をしたもので極めて画一的、形式的な処理である。

特許出願手続においては、手続に法令違背がある場合には法一七条三項に基づく補正命令が発せられるが、それ以外でも書類の不備等がある場合には特許庁から出願代理人等への問い合わせがあるのが実務上の運用である。電話等で本件出願代理人に原告の意思を確認させてしかるべきであった。

ところが本件では、そのような措置を一切とらず、権利維持の機会が与えられていなかった。これは、法一八条の解釈、適用を誤ったものである。

2  法一八条は、所定の期限に特許料の納付が無い場合には登録の意思がないものとみなし、その出願を無効とするものである。原告は、些細かつ不可避な過誤により特許料を納付する機会を逸したもので、登録を受ける意思を有することは明らかである。このような場合に原告を救済しないのは、前記法条の趣旨に反するものである。

3  法一一二条は、特許料の納付期限の経過後であっても一定の割増料を附加することにより特許料の追納を認めている。この規定は、文理上は第四年以降の特許料に関するものであるが、その趣旨は、一旦取得された権利についてできるだけ存続の機会を与えることが望ましいということにある。原告は、特許査定を受け、登録を受ける意思があったにもかかわらず、些細かつ不可避な過誤からその機会を逸したものであり、このような場合、原告に、法一一二条の類推適用により追納の機会を与えるべきである。

4  工業所有権の保護に関するパリ条約五条の二には、「同盟国は、料金の不納により効力を失った特許の回復について定める」ものとされている。この規定は、同盟国に立法義務を課したものではないと解釈されているが、その趣旨は、第三者の利益を害せず、その他の支障を生ずるおそれの無い場合には、止むを得ない理由で特許料の不納により特許権が失効した場合でも既存の権利を保護することが望ましいということに他ならない。

右の趣旨は、我が国の特許法の運用においても充分に尊重されなければならない。

5  法一〇八条一項は、特許査定の謄本の送達後三〇日以内に特許料の納付をしなければならないとしているが、同条も特許出願における手続法であるから、期間の不遵守が止むを得ない事由による場合には民事訴訟法一五九条により救済されなければならない。

民事訴訟法一五九条は、当事者の帰責事由によらない不変期間の不遵守の場合には訴訟行為の追完を認めており、外国人については、その事由が止んでから二か月以内に追完すればよいとしている。これは訴訟手続の一般原則として、訴訟行為の解怠の結果を建前通り貫徹させることが当事者に酷な場合には、手続の安定性の要請を一歩退かせても例外を認めるというものである。このような考慮は特許出願手続においても同様に働く。

実務では、法一〇八条一項の期間経過後の特許料納付であっても無効処分前のときは、特許料の納付は有効とされている。

これは、出願を有効と取り扱っても第三者の利益を損うおそれがない場合には、条文の文理解釈を離れて、運用上出願人に救済が与えられている一例である。

とすれば、無効処分がされた後であっても、第三者の利益を損うおそれがない場合には救済が与えられ良い。

原告は、前記1のような偶発的事情により特許料納付の機会を逸し、その結果、本件処分により原告は特許権を喪失するという極めて酷な結果となった。これに対し、本件では、出願手続において第三者から情報提供も、特許異議の申立てもされておらず、原告に追完の機会を与えてもそれにより不利益を被る者はない。

そうすると、法一〇八条の適用においても、民事訴訟法一五九条により原告を救済する余地があったのに、本件処分はこの点を看過してされたものである。

第三  争点に対する判断

一1  法一〇七条一項は、特許権の設定の登録を受ける者又は特許権者は、特許料として、存続期間の満了までの各年について、同条同項所定の金額を納付しなければならない旨定め、法一〇八条一項は、法一〇七条一項の規定による「第一年から第三年までの各年分の特許料は、特許をすべき旨の査定・・・の謄本の送達があった日から三十日以内に一時に納付しなければならない。」旨規定している。そして、法一八条一項は、「特許庁長官は、・・・・特許権の設定の登録を受ける者が第一〇八条第一項若しくは第二項ただし書第一号に規定する期間内に特許料を納付しないときは、その手続を無効にすることができる。」旨規定している。

右法一八条一項の規定は、出願人が法一〇八条一項所定の特許料納付期間内に所定の第一年から第三年までの特許料を納付しない場合に当該特許出願を無効にする権限を被告に付与した規定である。

2  前記争いのない事実1ないし3のとおり、本件特許査定の謄本は平成二年六月一二日本件出願代理人に送達されたところ、同日から三〇日を経過しても法一〇七条に規定する特許料の納付はなく、その後も右特許料の納付がなかったのであるから、被告が法一八条一項の規定に基づき本件処分をしたことは適法であったものである。

二1  仮に、原告が所定の特許料を納付しなかったことには、争点1で原告が主張するような事情があったとしても、本件出願代理人の重大な過誤に基づくものであり、法律に定められた特許料の納付期間経過後、更に九か月も特許料を納付していない状態で、本件処分をしたことをもって、画一的、形式的であるとはいえないし、特許庁の担当者が電話で本件出願代理人に原告の意思を確認させるべきであったものでこれを怠ってされた本件処分が法一八条の解釈、適用を誤ったものとも認めることはできない。

2  出願代理人の過誤により、特許査定謄本の送達の日から三〇日はおろか、その期間経過後九か月も特許料を納付しない出願人が内心特許登録を受ける意思を有していたからといって、本件処分が違法となるものではない。

3  法一一二条は、特許権存続期間中の特許料の納付に関する規定であることは文言上明らかであり、特許権設定登録のための特許料の納付について類推適用する余地はない。また、工業所有権の保護に関するパリ条約五条の二第一項も「工業所有権存続のために定められる料金」の不納付についての猶予期間について定めたもので、工業所有権発生のために定められる料金の不納付について設けられた規定ではないと解され、同第二項も前記したとおり特許査定謄本送達後三〇日以内を納付期間とする特許権設定登録のための特許料の不納付について、法一一二条を類推して適用すべき実質的根拠とはならない。

また、法は、民事訴訟法を準用する明文を有しながら、民事訴訟法一五九条を準用する規定はないし、更に、法は不変期間とする場合を明文で定めている(法一七八条四項)のに、法一〇八条一項が不変期間である旨の明文もないから、法一〇八条一項の期間の不遵守に関して民事訴訟法一五九条を適用あるいは準用する余地はない。

4  弁論の全趣旨によれば、特許庁においては、通常、法一〇八条所定の納付期間経過後であっても特許出願を無効とする処分がされるまでに所定の特許料が納付されればこれを受理し特許出願を無効とせず、特許登録をする運用がされていることが認められるが、本件は、所定の納付期間経過後九か月も特許料が納付されることなく特許出願を無効とする処分がされた事案であるから、右のような実務の運用と対比しても本件処分が違法となるわけではない。

原告は、本件処分後であっても第三者の利益を害さない場合は無効処分を撤回して救済の機会が与えられるべきであるとも主張するが、特許登録があれば、権利の存続期間中対世的な効力を有する特許権が存在するのであるから、異議の申立てが無いことをもって第三者の利益を害さないということはできない。

三  以上のとおり、本件処分は適法であり原告の指摘する諸点についても違法はなく、原告の本訴請求は、理由がない。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 森崎英二 裁判官高部眞規子は、海外出張中のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 西田美昭)

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